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メジャー監督、デビューを目指して!

西洋鏡~中国版「ニューシネマ・パラダイス」?

映画が初めて公開されたのが、1895年のフランス。
では、日本で最初に公開されたのは、いつでしょうか?
実は、フランスで公開されてから、わずか半年で、日本に
やってきました。

最初は京都の鴨川あたりで、上映したみたいですが、
入場料金を取って、見せたのが大阪です。
(さすがに、商魂の大阪人でありますなあ)

そして、1902年、いよいよ中国にもその映画が伝わりました。
中国版「ニューシネマ・パラダイス」と呼ぶべき、中国での
映画創成期の話を描いたのが、この「西洋鏡」です。
中国では映画のことを「西洋鏡」と呼ぶそうです。

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1902年、中国は北京。
写真屋で働く、リウは新しいモノ好きな、
好奇心旺盛な青年。
主人に気に入られて、写真撮影の
担当をしている。
貧乏な彼の将来を案じて、主人は金持ちの年増の
未亡人との結婚をすすめるが、リウは当代一の
京劇役者のダンの一人娘、リンに、憧れていた。

そんな彼の前に、イギリスから来たレイモンドの
映画館が現れてから、彼の興味はその映画に注がれていく。

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なぜ、写真が動くのか?
どうやって? 仕組みは?

レイモンドの助手として、彼を助けて、フィルムの
不思議さ、編集の楽しさ、映像の魅力に、どんどんはまっていく。
レイモンドに、写真屋を辞めて、一緒に映画館で働き、
新しい映画を作ろうと、誘われるが、写真屋での
恩義、家族とのつながりなどを考えると、そう簡単には、
全てを捨てて、生活を変える事は出来ない。

映画の楽しさ、不思議さに、町の人々も映画館へ
通い出し、映画館は盛況になる。
その噂を聞いて、あの西太后の誕生日を祝う式典で、
映画を上映することになる、しかも紫禁城で。

何とか、映画で成功して、金持ちになり、リンと対等の
立場になり、結婚を申し込みたいリウは、この機会を
大いに喜んだ。
そして、レイモンドと共に万里の長城など、中国の有名な
場所、人々を撮り、中国を描いた映画を作っていく。

レイモンドがリウに、「中国はこれから大いに変わっていく。
だからその前に、この中国の素晴らしさを、映画に残して
後世の人々に伝えよう」。
「その役目は君のような人がすべきだ」と伝える。

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リウの映画への夢、そして、憧れのリンへの思いは
叶えられたのでしょうか?


本家の「ニューシネマ・パラダイス」には及びませんが、
レイモンドとリウの友情は、アルフレードとトトを思い出させるし、
キスの場面も重要な所に使われてますよ。

ラストに明かされる京劇と映画との関わり。
京劇役者のダンの先見の目は凄い!

日本版「ニューシネマ・パラダイス」、
ぜひ、作ってみたいな!
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by fyamasan | 2005-08-08 17:15 | 映画 | Comments(0)