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メジャー監督、デビューを目指して!

カテゴリ:ヨーロッパ映画( 87 )

秋に見る、切ない(いや、切なすぎる)ラブストーリーは、
何かないかと考えると、この映画が浮かんできました。
「母の初恋」のアイルランド編にあたる、
映画「フィオナが恋してた頃」。

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キアレン・ジョンソン(J・カーン)は、
ある日、寝たきりの母、
フィオナの部屋で、
若き日の写真と手紙を見つけてしまう。




『誰よりも美しいフィオナへ 君を愛するキアレンより』で
始まるこの手紙。
若き日の母の横で、見知らぬ男性が立っている。

差出人の名前は、偶然にも自分と同じキアレン。
溺死したと聞いていた父だが、ひょっとして。
真相を知りたいが、母は発作で倒れて以来、
意識が戻らず寝たきりの状態。

何かの手がかりがあるかも知れない、
そう思い、キアレンは母の故郷の
アイルランドに旅立つ。

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アイルランドの小さな田舎村。
時は1939年。
保守的な村で、今では考えられないが、
若い男女の恋は大人の反対する所となり、
交際は禁止されるが、反対されればされるほど、
恋は燃え上がるもの、まして、10代の二人。
恋を止めようがなかった。

村のはずれの丘の木の下に、手紙やプレゼントを
隠して、密かに交際を続けていた。
しかし、この交際もばれる事になり、
フィオナは修道院へ送られる事になった。
修道院へ行けば、二度とフィオナに会えない。
そして、最後の手紙を木の下に隠し、
キアレンはある行動に出る。

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純粋な二人の恋愛に、
本当に胸がギュッと、締め付けられる。
何とも切ない、そして、悲しい恋愛の
結末に胸が痛い。

若き日のフィオナを演じるのが、これが
映画デビューとなる、モイヤ・ファレリー。
恋に揺れる10代の女性を、みずみずしく、
等身大の姿で演じている。

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一方のキリアンを演じるのは、、『レジェンド・オブ・
フォール』のアイダン・クインと言えば、
お分かりだろうか?

このアイダン・クインと監督のポール・クイン、
そして撮影監督のデクラン・クインはみんな兄弟で、
彼らの両親はアイルランドからの移民だそうです。

キリアンが母の初恋から、自らのアイデンティティーを
知るように、彼ら3人も、一族のルーツを探る映画を作る事で、
自らのアイデンティティーを知るという2つの自分探しが
なされているわけですね。

原題は「This is my father」となっています。
製作側としては、「父を探す旅」を描きたかったのでしょう。
しかし、邦題の「フィオナが~」となると、明らかに、
「母(の初恋など、記憶)を探す旅」になるわけで、
がらりとイメージが変わってきますね。

ところで、貴方の母の初恋について、
どのくらい知っていますか?

母親として、今まで見ていたけれど、
初恋の記憶を知る事により、
一人の女性として、また違った面で、
母親を見てしまうんじゃないでしょうかね!
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by fyamasan | 2005-10-10 04:06 | ヨーロッパ映画 | Comments(0)
予告編を見た時から、これは泣きそうやなと
思っていましたが、やはり泣いた。
映画「Dear フランキー」

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舞台はスコットランドの海辺の町。
母親リジーは子供のフランキーと祖母のネルと、
この街に引っ越してきた。
何ども引越しを重ねるこの3人。
実は元夫が暴力夫で、その夫から逃れる為に、
街から街へと引越しをしていた。
元夫は律儀に捜索願を出し続けている。

フランキーは9歳の元気な男の子。
元夫の暴力で耳が聞こえない。
幼少の頃に別れたので、父の顔を覚えていない。
リジーは、父は英海軍のアクラ号の航海士で、世界を
回っているために、家にいないんだと説明していた。
そして、「Dear フランキー、~」から始まる手紙も、
このリジーがいつも書いていた。
そうとは知らずに、父からの手紙をいつも楽しみに
しているフランキー。手紙と一緒に世界の切手も
送られてくる。

そんなフランキーに嬉しいニュースがあった。
友達から、父が乗っている船が近じか寄港すると聞いた。
それを聞いたリジーは、真相を伝えるか、それとも、
一日だけの父になれる人を探すか。
悩みに悩んだ末、リジーは、この町で知り合ったマリーから
ある男性を紹介された。

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そして、一日だけの父とフランキーの待ちに待った
一日が始まった。
いつも手紙で想像するだけの父が、すぐ前にいる。
父から、貰った石を大事そうにポケットにしまうシーンや
二人でパフェを食べるシーンにはジ~~んときてしまう。

たった一日だけの約束だったが、父役の男が
もう一日、フランキーといさせてくれと頼む。
フランキーは喜ぶが、リジーは困惑顔。
もう一日だけと、約束して、今度は
3人で街を歩く。
リジーにも逃げ回っていた生活から、ふと触れた
幸せに心が満たされてくる。
この男性とならやり直せるかなと。

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しばらくして、暴力元夫の姉から、弟が病気でもう余命が
少ないと連絡が来た。
そして、病床でひと目でいいから、フランキーに
会わしてくれと頼まれる。

少し前に、父と称する男性と会ったばかりのフランキーに、
実際の父を会わす事が出来るのか?
しかも彼はもうすぐ死ぬ運命。
リジーの心は揺れる。


フランキー役を演じたJ・マケルホーン君の
演技が素晴らしい!
難聴の子供を見事に、そして、父に会う時の表情が
実に良い。天才子役と言われても不思議ではないですね。

偽の父役には、「オペラ座の怪人」で人気爆発の
J・バトラーが。こんなかっこいい人が独身という、
設定も不思議な気がするが。

音楽もピアノの音色が何とも、優しい気持ちになれます。
今年、オススメの1本ですね。
子供さんと一緒に行くのも、いいですよ。
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by fyamasan | 2005-09-06 02:57 | ヨーロッパ映画 | Comments(4)
幸せってすぐそこにあるのに、本人には分からないもの。
こんな所に、こんな事で、幸せって不思議です。
映画「マーサの幸せレシピ」を見て、ますます
そう思いました。

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ドイツのフランス料理店でシェフとして働くマーサは、
腕は確かで、固定客も多いが、人と接するので苦手で、
自分の心の扉を開けられない。
何事も几帳面で融通が利かない。

そんなマーサをオーナーは「街で2番目のシェフだ」と、
心を開けば、一番になれるのにと、
願いを込めて、からかうのだが。
そして、セラピーにも通わせる。


そんなマーサに、2つの出会いが訪れる。
1つは、陽気なイタリアンのマリオが厨房に入ってきた事。
産休で休むレアの代わりでやってきたのだが、
マーサと正反対で、音楽をかけて料理を作り、
仕事を楽しんでしている。

もう1つは、姉が突然の事故で亡くなり、娘のリナを
しばらくの間、預かる事になった。
(イタリアに別れた夫がいるので、引き取ってもらう間)
リナも、母が亡くなった事もあり、なかなか
マーサに心を開けて、溶け込んでくれない。
そして、マーサの作る料理にも口を出さず、
何も食べないので、学校で倒れてしまう。

ベビー・シッターとも馴染まないレナを
マーサは厨房に連れてきて、片隅で遊ばせていた。
マリオが美味しそうに、トマト味のパスタを
食べるのを見て、いつの間にか、レナも
パスタを食べていた。
何も食べなかったレナがようやく。

そこから、少しづつ、マーサはリナと
打ち解け始めた。
でも、マリオの自然体で、楽しく仕事をこなす姿を
見ると、マーサは羨ましさもあり、素直になれないでいる。

リナとマリオが仲良くなった事で、次第に
マーサとマリオとの距離が近づいてきた。
片意地張っていたものもなくなり、少しづつ
自分の心を開き始めたマーサは、
マリオに惹かれている自分に気づく。
そして、マリオもマーサに。

そんな時、イタリアに住む、リナの父が
リナを引き取りに来た。
ようやく仲良くなれて、これからなのに。
マーサはリナの存在がいかに自分を
変えたのかに、気づく。
そして、マリオの協力を得て、ある行動に出る。

果たして、マーサは幸せを掴む事が
出来るのだろうか?

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レストランでマーサらが作る料理も
楽しめますが、
僕が最初にこの厨房を見て、びっくりしたのが、
その広さです。
「こんなに広かったら、使いやすいなあ」と。
狭い厨房で料理をしていた僕にとって、
この厨房は天国です。しかも綺麗~~!

マリオを演じたセルジョ・カステリット
素晴らしい。
でも、不思議にこんないい男が、なんで独身なん?
と思いましたが。以前に紹介した
「赤いアモーレ」
でもさらに渋さが出ています。

映画中に何度か、セラピーに通うマーサの姿が
見られますが、少しづつ変化している
マーサにも注目ですよ。

愛する人、愛する家族と食事をする、
そんな当たり前の事が、
本当は凄い大事な事なんだなあと、
感じました。

これだけでも、幸せですよね。
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by fyamasan | 2005-08-22 23:02 | ヨーロッパ映画 | Comments(1)
日本人なら太平洋戦争が終わって60年。
ドイツ人なら第2次世界大戦が終わって60年。

そのドイツで、ドイツ人監督がヒトラーを
真正面から捉えた映画が、
「ヒトラー~最期の12日間」です。

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1945年5月、ソ連軍や連合国軍の反撃に
よって、次第に追い詰められた、ヒトラー
率いる、ナチス。
首都、ベルリンでも攻撃の音が聞こえ、
もう敵がそこまで来てると、ナチスは
誰もが恐怖を感じるようになった。

ヒトラーの晩年の秘書を務めた、
トラウドゥル・ユンゲの視点からの
ヒトラーの人間像が、描かれています。

戦争の犠牲になる人々には、何の同情も示さないが、
愛犬や家族、女性に対して、限りなく優しさを示す。
今まであまり知られなかった、異常なほどの冷血さと
優しさを合わせ持つ、この怪物の矛盾した
人間性に、改めて驚かされます。

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ナチス帝国崩壊に対して、帝国をどう
維持するかより、自らの最期のあり方を
求めた、ヒトラー。
これほどの人を惹きつける、カリスマを持つ彼が、
帝国の維持を考えた行動を取っていれば、
また歴史は変わっていたのではないかと
思いますが。

色々と衝撃なシーンがありますが、
1つに、宣伝大臣ゲッベルスの夫人が
我が子を毒殺してゆくシーンには、
人の狂気がここまでするのかと、
恐ろしいほどの恐怖を感じました。
「ナチ亡き世界に子どもを残したくない」という
彼女の思いで、殺された子供たち。

もうひとつは、ヒトラー亡き後、どうしていくかを、
幹部達は相談するが、大抵は「降伏」することを
拒む。先の大戦で降伏した屈辱感が、彼らの頭に
あり、その屈辱感が、ヒトラーを熱狂的に支持する、
力になっていたのではと、感じました。

ラスト近くで、晩年のトラウドゥル・ユンゲの
語る言葉が、胸に迫ります。
「若かったから、知らなかったからでは
済まされません」
秘書となった同じような時期、ナチスの非道さを
訴えてナチスに殺された、ゾフィー・ショル(女子学生)
と比較して、自分の罪の大きさを、告白しています。

ヒトラーを演じた、ブルーノガンツの演技は鳥肌もの。
迫真のヒトラーを演じてます。


一般市民が選んだ人が、誤った道をとった時、
その責任と犠牲は、いつも、一般市民が
払わなくてはならない。
選んだのは、市民。
だから、もっと政治や社会に感心を持たないと、
強く思いました。
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by fyamasan | 2005-08-21 18:02 | ヨーロッパ映画 | Comments(2)
もし、今と違う生き方が出来るとしたら、貴方はどんな生き方を
選ぶでしょうか?
憧れていたけど、出来なかった生き方を選択する、
それも1つでしょうね。

ほんのつかの間ですが、そんな違う生き方を夢見させてくれる、
映画が「列車に乗った男」です。

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舞台はフランスの寂れた田舎町。
元教授で、今は屋敷で一人のんびりと暮らす、ジャン・ロシュフォール
演じる初老の男、マネスキエ。

一方、ジョニー・アリディ演じる男、ミランは、たまたま銀行強盗の為に、
仲間に誘われてこの町にやってきた。

本来、接点がないはずの二人が、薬局で偶然に会い(ミランは頭痛持ち
の為に薬局で、アスピリンを買った)、ホテルも休業中であるので、
ミランはマネスキエの家に泊まる事になる。

土曜日までの3日間、ここに泊まらせてくれと頼むミラン。
一方、マネスキエも土曜日に心臓の手術がある。
(そのために、薬局には狭心症の薬を買いに来ていた)

真面目なそれでいてさほど面白くない人生を、歩んできたマネスキエと、
やくざな人生を歩んできたミランが、たった3日間だが、一緒に
過ごす事により、お互いがお互いの人生に憧れている事に気づく。

真面目な人なら、悪な男に憧れる。
悪な男なら、真面目な堅気な人生に憧れる、そんな感じである。

マネスキエは、このミランの代わりに、自分が銀行強盗をやってみたいと
いう気持ちが高まってくる。
ミランもスリッパを履き、優雅にピアノを弾き、残りの人生を楽しむ
こんな生活をしてみたいと、強く思うようになり、銀行強盗も中止しようと
仲間に訴える。

しかし、運命の土曜日がやってきた。
マネスキエは手術の為に病院へ。
ミランは仲間と共に銀行へ向かう。

お互いが憧れたお互いの、人生という名の列車に、二人は乗る事が
出来たのであろうか?

気になる結末は、二通りの意味が取れると申しておきましょうか。

またこの映画、音楽が良いんですよ。
ギターの音色が、一度聴いたら忘れられない、印象的な音です。
あと、バックのカラーがブルーがかかった色使いをしてますね。

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マネスキエを演じるジャン・ロシュフォールは、「髪結いの亭主」のヒットで
日本でもお馴染みの人。
僕的には、藤村俊二を少し、知的にした感じに写るのだが。

ミランを演じるジョニー・アリディは、かってはフランスの
プレスリーとまだ呼ばれた男。
フランスロック界の重鎮である。

この二人の俳優だから出来た、対照的な二人の男の話。
静かに、渋い、男のハードボイルドである。
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by fyamasan | 2005-07-30 16:35 | ヨーロッパ映画 | Comments(0)
今日もまた感動的な ”ええ映画”を見てきました。
映画「コーラス」です。

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映画は音楽家として大成したピエールの母が亡くなったという知らせ
から、彼が故郷へ帰り、かって自分の音楽の才能を見出してくれた恩師、
マチューを思い出す所から始まる。

1949年、フランスのある田舎の問題児が集まる、舎監といわれる寄宿舎に
新しい音楽教師(マチュー)が来た。
彼も音楽の夢捨てきれず、教師として音楽の情熱を持ち続けようとした。
問題児が集まる所ゆえ、先生は手を焼き、校長先生はかなりスパルタ式で
あった。
マチューは何とかこの子供達を何かに夢中にさせてやりたいと考え、
自分が作った曲を皆で歌わせる事を思いつき、即席の不揃いなコーラス隊が
出来上がった。

問題児と言われる子供達、でも本音は寂しくて家族の愛に飢えている。
そんな心の隙間にコーラスの歌が、すんなり入っていく。
偶然、天性の歌声を持つ問題児も出てくる(彼はのちに大成したピエール)
マチューは彼の母親に恋心も持つのだが、結末は如何に?

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休憩時間、夜の寝る前、時間を割いて、コーラスの練習は続く。
数学教師までピアノの演奏で仲間に入る熱の入れよう。
噂を聞いた伯爵夫人達が見物にくるようにもなった。
マチューと少年達の努力が実り、前途洋々かと思われたが、、、、。


ピエール役を演じた少年は合唱団に属する素人の少年。
ナイーブな役柄を見事に演じて、また素晴らしい歌声を聞かせて
くれます。
音楽教師を演じたジェラール・ジュニョもほのぼのとした、コミカルな
演技で、映画にいい味を出しています。

気になったのは、出だしが映画「ニューシネマ・パラダイス」に
そっくりな所。
それもそのはず、「ニューシネマ~」の映画監督として大成した
トト少年の成長した役柄を演じたジャックぺランが、今度は
ピエールの役柄を演じているのです。
さしずめ、マチューは映写技師のアルフレードに当たるかな?

ストーリーも涙を誘うし、少年達の歌声を聞くのもよし、
美味しい映画だと思いますよ。
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by fyamasan | 2005-04-15 23:31 | ヨーロッパ映画 | Comments(2)
イタリア映画、「赤いアモーレ」を見てきました。

元、T・クルーズの恋人、今はM・マコノヒーの婚約者の
ベネロベ・クルス主演の映画です。

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映画はティモーテオの一人娘が
交通事故で病院へ運ばれた
所から始まります。
そこから彼の回想がはじまり、
イタリアと出会った頃を思い出していく。



主人公で医者であるティモーテオは
美人な妻を持ち、生活にも何一つ
不自由のない生活を送っていた。
でも、心が満たされない日々が続く。
そんな時、ある街でイタリアという名の女性と出会う。
妻とはまるで違う、低階層な女性であった。
でも、衝動が走り、一線を越えてしまった。
その後、惹かれるように彼女の家へ行く。

この気持ちは妻にも感じたことのないものだった。
そして彼は気づく、「彼女を愛している」と。
しばらくして、妻の妊娠と同じ時期に、彼女もまた妊娠していた。
男は悩む。愛人の子を産ますべきか。


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二人の運命は予期せぬ結末を迎えてしまう。

主演のベネロベ・クルスがイタリア役を体を張った演技で見せて
くれます。
化粧気もない、いかにも低階層な女を。
でも、愛を知った女の喜びと悲しみを。

イタリアでは大ヒットした映画らしいです。
ベネロベ・クルスも良かったですが、ティモーテオ役&
監督も兼ねた、セルシオ・カステリットが渋い。
満たされない男の心を静かに抑えた演技で。
画像ではよく分からないのが、残念ですが。

「レオン」のJ・レノばりの渋さであります。
こういうおっちゃんになりたい、そう願います。

男性と女性では、この映画の感想が大いに違う
ように思えます。
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by fyamasan | 2005-04-05 17:41 | ヨーロッパ映画 | Comments(4)